青春の影

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます!今年もどうぞよろしくお願いします!


さて、先日友人の結婚式に参加してきました。

結婚式に一次会から参加するのは初めてだったので、とてもいい経験になりましたし、凄く幸せそうな友人夫妻に僕自身凄く心打たれました。おめでとう。



ふと、チューリップの「青春の影」という曲を思い出しました。素晴らしい楽曲です。
この曲は、別れの歌なのか、結婚の歌なのか、今も結論が出ていない楽曲です

この曲が別れの曲なのか結婚の曲なのか賛否両論になるのは「ただの男」「ただの女」が何を意味するかというところだと思います。そこについて、僕の考えを書いてみました。


曲の本当の意味は財津さんしか知らないことです。
ただ、僕はこの曲は結婚の曲だと解釈するのが凄くしっくりきます。自分自身に重なって。
ミュージシャンである財津さんだからこその思いが、最近は理解出来る気がします。



僕は、自分の夢を追い続けるということは、それ以外の全てを犠牲にすることだと思っています。
僕自身、会社と音楽を両立するために、プライベートの時間はほぼ全てを音楽活動に使っています。その状態では、とても家庭生活なんて出来ません。

「自分の大きな夢を追うことが今までの僕の仕事だった」主人公にとっての人生の全ては「自分の夢」を追うことであったわけです。それはいわゆる「普通の男性」の生き方ではありません。世の中の感覚として。


結婚すること、家庭を持つことは「自分以外の誰かのために生きる」ことだと僕は思っています。
自分の全てを投げ打って、誰かのために生きること。


つまり、それまでの「自分の夢」を追い続けることは出来ないのです。
夢を追いかける「夢追い人」であった人間が、結婚することで自分自身の夢を一度捨てて、世間から見たらごく普通の夫婦、つまり「ただの男」と「ただの女」になることだと。


財津さんはミュージシャンとして夢を追ってきた人だからこそ、そう思うのだと思います。音楽で自分の夢を追いかけているうちは「ただの男」ではいられないのだとわかっているから。

この楽曲は、自分の夢を捨て、お互いのために生きる決意を「ただの男」という表現で若干ひねくれて表現しているのだと、僕は思っています。「つまらない男」という意味合いで。



もちろん、自分の夢を捨てたとしても、二人で叶える夢が新たに生まれます。それが、それまでの夢の続きなのか、新しい夢なのかはわかりませんが、結婚はそういう意味でのリセットになるわけです。

夢のために生きてきた今までの人生を一度リセットし、「ただの男と女」になった二人が、新しい夢を見つけて歩き始める。そんな歌だと僕は思っています。



僕もずっと、音楽で自分の夢を追いかけてきました。
だからこそ、「自分の夢」を追いかけているうちは、結婚したり子供を作ったりする気はありません。結婚したら奥さんへ、子供が生まれたら家庭へ、自分の人生すべてを捧げるべきだと思うからです。

もちろん結婚しても音楽はやるでしょう。でも、それは今の夢の続きではなくなる可能性が高いわけです。



そんなことを考えていたら、今の夢って本当に夢なの?ってところも疑問になったりしていて。

昔々、高校生の時に見つけた夢。
今までずっとそこに向かって生きてきたけど、就職もして、年齢も重ねた今、昔決めた夢が今も夢のままなのか、というのはただの「意地」なのかもしれないと思ってきました。

今の僕が、どう生きていきたいのか。少し考えてみたいなと思っています。
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  by mechaegg | 2014-01-13 11:03 | 日記 | Comments(0)

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